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カテゴリ: 小学校

給食時間の終盤にたまたま

1年生の教室をのぞいてみました

すると

豆パンを一口も食べず

他のおかずも少しずつ残して

呆然としている子がいました


その子に

どうして残しているのかを

訊いてみると

豆が苦手とのことでした

他のおかずにも苦手なものがあり

少しはチャレンジしたようなのですが

豆パンだけはどうしても

食べられないとのことでした


そこで

指でOKサインを作って

「このくらいだけでいいから

食べてみよう」と

言うと...


なんと

涙を流しながら

食べていました


涙を流してでも

少しだけでもチャレンジする

その成長ぶりに

感動しました




約1か月ぶりの

更新になりました

小学校では2学期が始まりましたが

その中でいろんな支援をしてきたので

そのことについて

書いていきたいと思います。


私は、場面緘黙の児童と

関わりがあります。

子ども同士ではよく話すのですが

大人とはあまり話しません。

最近になって

ようやく私もお話ができるようになりました。

その子は通級に通っているのですが

担当教師の方から

「注目されることに弱いのかも」と

お話を伺いました。

その先生とのお話によると

今の時点では

学校内で最もよく話せる大人が

私らしく

他の先生方との違いを

探っています。


ある体育の時間

マット運動で

自由に練習をする時間がありました。

班ごとに練習をするのですが

その子は緊張してなかなか

運動することができず

同じ班の子が

急かしていたため

二人で何かをすれば

視線が分散されて

緊張が少しはほぐれるかもと思い

「とりあえずマットの上を一緒に歩く?」と聞いて

一緒に歩くことができました。

別の日には

私の後に続いて

1人で

前転をすることもでき

大きな進歩を感じました




私は小学生の時

いじめを受けていました。

と、いっても

TV等で報じられるような

過激なものではありませんでしたが…

小さな嫌がらせが長期に続いていたという感じでしょうか。

例えば、陰口はもちろん

靴等のモノを隠されたりもしました。

しかし、小さな嫌がらせでも

重なれば辛く悲しくなります。

私は、いじめの辛さを知っているからこそ、

絶対に加害者になることはないと

そう思っていました。



しかし、

中学生の時

加害者になってしまいました。

その時仲の良かったグループの友人とともに、

別のグループの友人に偽のラブレターを書き、

困らせました。

最初は面白がり楽しんでいたのですが

困っている姿を見るにつれ

これはいけない。

冗談では済まない。

と感じ、謝罪しましたが

すでに1週間が経過していました。

その友人はしぶしぶ許してくれましたが、

決して許されるべきことではないです。



こんなに簡単に、

被害者にも加害者にもなれる

ということを知りました。



この経験は、

子どもたちに、いじめはすぐ身近に

起こり得ること
であり、

簡単に加害者にも被害者にもなれてしまうこと。

だから、いじめについて

自分自身も含め

絶対に許されるべきではないということを

伝えていきたいと思います。




今日は

私が普段の子どもとの関わりにおいて

大切にしていることを書きます


まず初めに

「名前の呼び方」

最近は、あだ名禁止とか

呼び捨て禁止とか

「〇〇さん」に統一されてきているように感じます

私がいる学童でもそうです

あだ名はいじめにつながるからとか

いろんな理由があるのだと思いますが…

私は、下の名前を特に大切にしています

理由は

苗字は家族の名前だけど

名前はその人のためにつけられた

特別なもの
だと思うからです

適当に名前を付ける人はほとんどいないでしょうから

そういう意味でも

大切にしようというメッセージも込めて

基本は下の名前で呼んでいます

もちろんずっと下の名前で呼んでいると

だらけてくるので

勉強中は「(苗字)さん」です


それから

私は呼び捨てには2種類あると思っています

ケンカをしているときなどは

乱暴に呼ぶので

「呼び捨て」。

でも

普段優しく話しかけるときの

「さん」なしは

名前を一切捨ててないです

愛情をこめて呼んでいます

だから、呼び捨てではなくて

他の単語が付いたらいいのになと思っています


あだ名にしろ、呼び捨てにしろ

子ども本人がどう呼ばれたいか

1番大切だと思うので

きちんと確認していこうと思います


あとは

「あたりまえのことをあたりまえにする」

私は、どんな些細なことでも

感謝と謝罪の言葉

必ず伝えるようにしています

感謝とか謝罪とか

落ちたごみは拾うとか

人が嫌がる言動はとらないとか

あたりまえのことを、あたりまえにすることは

簡単なようで難しいものだと感じます


私が小学生の頃の校長先生が

いつかの児童朝会で仰ってたことが

今でも記憶に残っているので紹介します

「ABCをしよう。

A:あたりまえのことを

B:バカにせず

C:ちゃんとやる」

こんな何気ないようで素敵な言葉を

教えてくださった校長先生に

感謝&尊敬しています


何か特別なことを成し遂げようと

気張る前に

まずは、自分も子どもたちにも

このABCを徹底していきたいと思います

子どもって

「えっ、そんなことで!??」ていうくらい

些細なことでけんかをすることが多くないですか?

だから

私自身も1人で解決して

仲直りまで導く機会が多かったのですが

最近になってようやく

自分に合った方法がわかりました


まず

「悪さを比べるのではなくて、

自分がしたことを認めること」


が、大事なのではないかなと思います


例えばAさんとBさんがけんかをしていたとします

そこで、1人ずつお話を聞くと

「Aさんが先にしたから」

とか

「1回多くたたいたからBさんの方が悪い」

とかいったようなことを

よく聞きます

でも、たいてい仕返しをしています

そこで、子どものお話を聞き終わったら

「Bさん(相手)の悪いところはどこ?」

と聞いてみます。

すると、もちろん結構答えてくれます

答え終わったら今度は

「じゃあ、Aさん(話している本人)の悪いところはどこ?」

と聞いてみます

すると、時間がかかることはありますが

自分の行為を改めて

このことと、あのことかな?と

考えて答えてくれます

そこについて指導した後

「それは、どのように解決したい?」

と聞くと、たいてい謝る選択をするので

お互いのお話を大人が聞いた後、

子ども同士で直接お話をしてもらいます

お互いに何も思い残していることがないかを

確認したうえで

仲直り完了です!


意外とすぐにケロッとして

遊んでいることもありますが

このように仲直りへ導いていると

どっちが先とか悪いとか、そういうのは

そこまで重要じゃないなと

思うようになりました

まだこの方法は、完全に自分のモノに

できたわけでもないし

まだ課題もあると思いますが

もしよかったら

方法の1つとして試してみてください


感謝も謝罪も

相手とどんな関係であれ

どんな経緯であれ

事実については振り返り

認めて言葉に出す
ような指導を

これからもしていきたいと思います

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